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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)11348号 判決

原告

中根守正

ほか一名

被告

渡辺成雄

主文

一  被告は、原告中根守正に対し、一六七万一九三二円及びこれに対する昭和五九年一〇月一九日から支払ずみまで年五分の割合の金員を支払え。

二  被告は、原告中根智江に対し、四三万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告中根守正と被告との間に生じた分はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を同原告の各負担とし、原告中根智江と被告との間に生じた分はこれを一〇分し、その三を同原告の、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、主文第一及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  原告は、原告中根守正(以下「原告守正」という。)に対し、二〇九五万二〇九四円及びこれに対する昭和五九年一〇月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告中根智江に対し、五七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1、2項につき仮執行宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告中根守正は、昭和五七年一一月二四日午前零時三八分ころ、埼玉県八潮市南後谷五六六先路上を普通貨物自動車(足立四五す六五一六、以下「被害車」という。)を運転して東京方面へ走行中、被告運転の普通乗用自動車(大宮五八ち一六二四、以下「加害車」という。)に追突され、その際の衝撃で原告車が破損し、原告守正が頸椎腰部捻挫、被害車の助手席に同乗していた原告中根智江(原告守正の妻、以下「原告智江」という。)が右下腿打撲の各傷害を負つた(以下これを「本件事故」という。)。

2  被告の責任原因

被告は、居眠りのため前方注視を怠つたまま制限速度を超える時速七〇キロメートルで走行し、制動措置を採ることもなく、自車を被害車に追突させたものであり、民法七〇九条に基づき、原告らに対し、原告らが本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  傷害の内容・程度と治療の経過

原告らは、前記1の傷害を負い、本件事故当日である昭和五七年一一月二四日、八潮中央病院で治療を受け、その二日後の一一月二六日から石山病院において原告守正が一三日間の入院の後、三一一日間の通院治療を受け、原告智江が二〇日間の通院治療を受けた。

その後、原告守正は、頸部捻挫による後遺障害として肩の張り、頭重感、吐き気等が残り、このため昭和五八年四月三日から同五九年一月八日まで斎藤整骨院で治療を受け、更に、昭和五九年三月五日から日本赤十字社医療センター(以下「日赤」という。)で治療を継続し、昭和六一年七月現在に至つている。

この間、原告守正は、昭和六〇年九月一一日、日赤で症状固定の診断を受けたが、頸部痛、右肩疼痛(特に上腕を挙げたとき)が残存し、疼痛性運動制限が認められる。同原告は、右後遺障害について、自動車保険料率算定会(以下「料率算定会」という。)に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条別表の障害等級該当の事前認定(以下「事前認定」という。)申請を行つたが、非該当の判断がされた。しかし、右判断は著しく不当なものであり、同原告の後遺障害の内容・程度は右障害等級九級一〇号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当するものである。

4  損害

(一) 原告守正 二〇九五万一〇三四円

(1) 治療関係費 一三万〇三九二円

本件事故直後の入院治療費(八潮中央病院、石山病院分)は被告において支払ずみであるから、その余の斎藤整骨院(昭和五八年四月三日から昭和五九年一月八日まで、四万五五〇〇円)及び日赤(昭和五九年三月五日から同年七月三日までの分五万〇七二二円及び昭和六〇年九月九日から同月一一日までの分一万六六九〇円)の治療に要した費用のほか、右各通院に要した交通費一万七四八〇円(斎藤整骨院関係一万二九六〇円、日赤関係四五二〇円)の合計一三万〇三九二円相当の損害を請求する。

(2) 逸失利益 一九三二万〇六四二円

原告守正は、訴外中根製作所(以下「中根製作所」という。)の名称で、訴外株式会社ブラコー(以下「ブラコー」という。)の専属下請として同会社工場内において省力化油圧、空圧機器ユニツト組立及び部品加工を行い、昭和五七年度売上金一〇一六万六八〇八円を得ていたところ、昭和五八年度は八〇一万四三五〇円に減少した。ところで、中根製作所は原告守正の全くの個人企業であり、また、ブラコーの工場内で、同会社所有の工作機械設備を使用し、同会社の供給する原材料部品を工作して完成品にし、納入するのであり、工作に要する費用一切は同会社の負担となつており、中根製作所すなわち同原告の経費としては、一、二名の従業員に対する給与・賞与と税金だけであり、これを除いたものが即同原告の所得となるものである。したがつて、前記昭和五七年度と昭和五八年度の売上金から人件費と所得税を控除した月額の平均収入を比較してみると約五七万〇八一七円と約三七万二四四六円であり月額二〇万円の減収となつているのである(別紙一、二の「原告守正の逸失所得算定基礎資料」と題する表(以下「別紙一、別紙二」という。)参照)。

右減収は、本件事故により生じた頸椎捻挫のため頭痛、不眠、手の痺れ、頸部の痺れ感等により前記のとおり長期の通院加療を余儀なくされたことによるものであり、今日に至つてもなお後遺障害として頸部、右肩の疼痛が残存し、疼痛性運動制限が頸部に認められ、これは将来にわたつて回復することはない。

そこで、原告守正は、右後遺障害による逸失利益を、平均減収月額二〇万円として、これに基づき昭和五八年二月から昭和六〇年一二月までの合計七〇〇万円のほか右以降昭和六一年一月から稼働可能な六五歳まで複式ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して現価を求めた一二三二万〇六四二円の合計一九三二万〇六四二円として、右相当損害金の請求をする。

(3) 慰藉料 一〇〇万円

原告守正は、前記後遺障害による苦痛、更にこれによる仕事上の苦悩(ブラコーとの専属下請関係は解約された。)及び将来への不安に基因する精神的損害として一〇〇万円を請求する。

(4) 弁護士費用 五〇万円

(5) 損害の填補 一〇〇万円

原告守正は、被告から本件事故による損害の填補として一〇〇万円を受領したが、右は昭和五七年一二月及び昭和五八年一月分の休業損害に充当したものである。なお、被害車の破損による物損は被告によつて填補されている。

(二) 原告智江 五七万五〇〇〇円

(1) 慰藉料 五〇万円

原告は、本件事故による負傷、夫である原告守正の事業の不振及びこれによる将来の生活の不安等により精神的苦痛を被つたが、右を金銭に評価すると五〇万円を下らない。

(2) 弁護士費用 七万五〇〇〇円

5  よつて、被告に対し、原告守正は、二〇九五万二〇九四円、原告智江は五七万五〇〇〇円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年一〇月一九日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)は、被告が制限速度を超える時速七〇キロメートルで走行していたとの点は否認し、その余は認める。

3  同3(障害の内容・程度と治療の経過)の事実は、原告両名が頸椎腰部捻挫(原告守正)、右下腿打撲(原告智江)の傷害を受け、八潮中央病院で本件事故当日及びその翌日(ただし翌日は原告智江のみ)治療を受けたこと、原告守正が昭和五七年一一月二六日から一三日間石山病院に入院し、その後同年一二月九日から昭和五八年一〇月一五日までの三一一日間に一二日通院したこと、原告智江が同病院に昭和五七年一二月六日から同月二五日までの二〇日間に三日通院したことの限度で認めるがその余の事実は不知ないし争う。

殊に、原告守正の後遺障害については、料率算定会の後遺障害事前認定手続において非該当の認定がされており、同原告には本件事故と因果関係のある後遺障害は認められない。すなわち、同原告は「第五、六頸椎椎間腔の狭小化などの変形性変化はあるが、外傷性変化なし」と診断されており、右は外傷性(本件事故)のものではなく、同原告の体質と加齢によるものであつて、同原告の主張する頸部疼痛及び頸部運動制限が実際に存在するとすれば、右の変形性変化が原因であり、本件事故とは因果関係はない。

また、同原告主張の頸部運動制限は極めて軽微な、通常人においてもみられるものであり、仮にこれが本件事故と因果関係があるとしても後遺障害と認めるべきほどのものではない。

4  同4(損害)の事実は、(一)(5)の一〇〇万円の支払の点は認める(ただし、その趣旨は全損害の一部の填補として支払つたものであり、休業損害の填補として支払つたものではない。)が、その余の事実は不知ないし争う。逸失利益に関し、本件事故のため月額二〇万円の減収を生じたというが、経費の算定費目、その根拠に合理性がなく、失当である。なお、医療費の大部分と車両損害を被告が填補していることは、原告守正の主張するとおりである。

5  同5の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実及び本件事故が被告の居眠りによる前方不注視の過失により発生した事実は当事者間に争いがなく、したがつて、被告は本件事故により原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

二  そこで、原告らが本件事故により受けた傷害の内容・程度、治療の経過及び就労への影響について判断する。

1  前記争いのない事実に、成立に争いのない甲二ないし五号証(いずれも原本の存在とも)、一三号証の一、二、乙一号証、五号証の三、七号証の一、二、九号証の一ないし三(右乙号証はいずれも原本の存在とも)、弁論の全趣旨により成立の真正を認める甲六、七号証、原告らの各本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、

(一)  原告守正は、大正一二年二月二四日生れであり、四〇年以上機械組立てに従事してきたが、右は機械部品の持運びスパナの使用等力も必要とする仕事である。

(二)  本件事故は、原告らが時速五〇キロメートルで走行中のところを居眠り運転の加害車が時速六〇ないし七〇キロメートルの速度で制動措置を採ることもなく激しく追突したものである。本件事故後原告らは救急車で埼玉県八潮市の八潮中央病院に運ばれたが、原告守正は疼痛を強く訴え、頸部捻挫の診断の下に投薬治療、外科的処置を受け、加療を要すると判断されたが、自宅から遠いため医師の了解を得て一日で転医し、原告智江は右下腿打撲の診断を受け同病院に二日通院し、転医した。原告守正は、本件事故から二日後の昭和五七年一一月二六日から同年一二月八日まで一三日間都内渋谷区の石山病院に入院し、同月九日から昭和五八年一〇月一五日までの三一一日間に一二日通院した。この間の症状の推移と診断は、頸椎腰部捻挫とされ、入院中の安静投薬により当初の主訴に係る吐気、頸部痛は軽快したが、その後の通院治療によるも既往の変形性頸椎症が基礎にあるため、頸部の圧痛と夕方に頸部痛が出現する症状が消失せず、右状態で昭和五八年一〇月一五日に症状固定と診断された。なお、原告智江も、昭和五七年一二月六日から同月二五日までの二〇日間に三日ほど石山病院に通院し、右下腿打撲、頸部捻挫等の診断名の下で安静投薬治療を受け、治療の診断を受けている(八潮中央病院、石山病院の入通院の時期、期間は当事者間にほぼ争いがない。)。

ところで、原告守正は、石山病院に通院中の昭和五八年四月三日から昭和五九年一月八日までの二八一日間に二七日斎藤整骨院に通い、整復師の整復後療法(すじを痛めているとの前提の下に、頸部、背部を暖め、もみほぐす治療)を受けている。しかし、同整骨院への通院、治療は石山医院の指示に基づくものではなく、同原告独自の判断によるものとうかがわれ、また、右治療の効果があがらなかつたことは同原告自身認めている。石山病院通院中のころから同原告の症状は頸部に圧迫ないし重圧感があり、夕方になると頸部に痛みを覚えるというものであつたが、この症状はその後も残存したため、同原告は、今一度大病院での検査、治療を求め、昭和五九年三月五日から昭和六〇年九月一一日までの一二八日間に一四日日赤に通院し、レントゲン撮影等の検査を経て、通院加療の必要があるとされ、牽引等の理学療法等の施行を受けたが、結局、第五、六頸椎椎間腔の狭小化などの変形性変化があり、外傷性変化はなく、頸部に軽度の疼痛性運動制限を残したまま、昭和六〇年九月一一日に再び症状固定の診断を受けるに至つている。しかし、第五頸椎付近の頸部の圧迫感等を訴え続けている。

なお、原告守正の後遺障害の程度について、料率算定会の事前認定は、同原告の後遺障害は他覚的所見に乏しく、残存する頸部痛も一時期のみであつて、自賠法施行令二条別表に定める程度に達しているとは認められないとして非該当とされている(再認定も同じ。この点は当事者間に争いがない。)。

(三)  原告守正は、本件事故の後、昭和五七年末まではほとんど就労せず、昭和五九年一月から従来の仕事に復帰し、その後も、頸部、右肩部の痛みを理由に作業量の低下を来たしている。

以上の事実が認められ、原告ら本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右事実によれば、原告は、元々仕事の性質、体質及び加齢による第五、六頸椎の変形性変化の疾患を有していたところに、本件事故により頸椎捻挫の傷害を受けたものであるところ、右頸椎捻挫は頸椎の損傷等レントゲン検査などにより客観的に把握できる損傷を伴うものではないが、本件事故の態様なども合わせ考察すると、それ自体で相当期間頸部及びその関連部位の痛みや運動制限をもたらし、就労に影響を及ぼしたものと認めるのが相当である。

三  進んで損害につき判断する。

1  原告守正 一六七万一九三二円

(一)  治療関係費 七万一九三二円

成立に争いのない甲一一、一二号証、一四号証の一ないし三、原告守正本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、斎藤整骨院及び日赤に要した治療費、交通費相当の損害として一三万〇三九二円を請求するところ、斎藤整骨院関係については、石山病院での治療継続中に同病院の指示を受けることなく自らの判断で通院したものであり、また、斎藤整骨院の治療内容は医学的知見に基づく合理性に欠け、治療効果もみられず、適正かつ合理的な治療行為とは認め難く、したがつて、右に要した治療費、交通費相当分の出損は仮にこれがあるとしても本件事故と相当因果関係のある損害とは認められないというべきである。他方、日赤関係については、同原告は既に昭和五八年一〇月一五日に石山病院で症状固定の診断を受けていた(日赤の診断も最終的には同様の結果に終つている。)ものではあるが、なお頸部痛等身体の不具合を覚える同原告が再度近代的設備を具えた医療機関の診断と治療を求めたことを直ちに不当、不合理と断ずることはできず、また、日赤における治療方法、期間の点にも特に不適切、不合理と認めるべき事情は見い出し難いから、成立に争いのない甲一一号証、一四号証の一ないし三及び弁論の全趣旨により同原告が支払つたことが認められる日赤関係に要した治療費及び交通費相当の七万一九三二円は本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(二)  逸失利益 一五〇万円

前記認定事実によれば、原告守正は本件事故による後遺障害のため相当な期間稼働能力の低下及びこれに伴う減収を被つたものと推認すべきところ、同原告は、請求原因4(一)(2)のとおり、昭和五七年度及び五八年度の各売上高から人件費(従業員給与・賞与)を控除した残額が収入であるとし、その月額差約二〇万円を本件事故の後遺障害による減収とした上で、これを基礎にして昭和五八年二月以降六五歳までの八年間の逸失利益相当の損害として一九三二万〇六四二円を請求する。

そこで、検討してみるのに、まず、右減収の主張は、本件事故の年とその翌年のわずか二年度分の比較によるものであり、原告守正のごとき職種の下請零細企業の場合、収益にときとして大幅な年度差、月別差の生じることがあるのは経験則のよく示すところであるから、同原告の経営状態の推移が客観的に把握し得ない本件にあつては、右二年度の比較のみからその差額を本件事故による減収とすることは短絡に過ぎるというべきである(ちなみに、原本の存在、成立ともに争いのない乙四号証(昭和五六年度確定申告書)によれば、昭和五六年度の収入は七〇六万一〇〇〇円である。)。また、右売上高の根拠は、証人吉田剛の証言及びこれにより成立の真正を認める甲八号証の支払総額のみを記載した簡単な支払証明書のみであり、当然に提出すべき確定申告書その他税務申告の資料に値し得るような帳簿頸等客観的資料の提出はなく、通常人が抱く合理的な疑問を払拭するに十分なものとは認め難い。更に、営業所得であるのに合理的かつ客観的な裏付けのないまま特異な経費控除の主張をし、適正合理的な収入算定とはいい難いこと、あるいは昭和五八年度の減収には茨城県内に新築した同原告の工場の問題も相当程度影響していることを同原告自身認めている(原告守正本人尋問の結果)ことなどの諸事情が認められるのであり、これらに前記認定の後遺障害の内容・程度を合わせて考察するとき、同原告の主張する逸失利益の算定方法はにわかに採用し難いものといわざるを得ない。

しかし、前記説示のとおり、原告守正には本件事故により相当程度の減収が生じたものと認めるべきであるから、前記認定の諸事実に弁論の全趣旨を総合して妥当と認められる右減収相当の逸失利益を算定するのに、まず、同原告がほとんど就労できなかつた本件事故の日から昭和五七年一二月末までの三八日間については、同原告の主張する昭和五七年一二月(別表一)と昭和五八年一月(別表二)との収入差約七〇万円(原告守正本人尋問の結果によれば、右額がほぼ同原告の休業による直接の減収に相当するということになる。)を参考に、同原告自身の就労に要する諸経費その他諸般の事情を考慮して、右の間の休業損害を六〇万円とするのを相当と認める。次に、昭和五八年一月以降については、同原告の仕事の内容、後遺障害の程度、新工場の建築に相当の労力を奪われていたこと等の諸事情を考慮の上、石山病院の症状固定診断が出された同年一〇月までの一〇か月に限り、同原告主張の減収月額二〇万円を基礎にしてその五〇パーセントを本件事故と相当因果関係のある減収相当の損害と認めると、その総額は一〇〇万円となる。しかし、右症状固定時以降については、そもそも前記説示のとおり同原告の経営状態の推移が判然とせず、昭和五八年度以降の収入減少を推測し得るに足りる客観的資料が提出されていない上、稼働能力の減少という面から考察してみても、同原告の後遺障害の程度は明確に労働能力の減少を認め得るほどのものではなく(要するに頸部の重苦しさと夕方になると頸部痛が生じるという程度のもの・自賠法施行令別表の後遺障害等級に該当しない旨の認定を受ていることは当事者間に争いがない。)、しかも、右は本件事故によるものというより、むしろ既存の第五、第六頸椎の変形性変化に基因するものとみるのが石山病院、日赤の診断に沿う合理的なところというべきであることなどを考慮すると、右時点以降はもはや本件事故による逸失利益を認めることはできないものといわなければならない。

以上のとおりであるから、原告守正の本件事故による逸失利益相当の損害は一五〇万円と認定するのが相当であり、右を越える逸失利益の請求は理由がなく、失当というべきである。

(三)  慰藉料 一〇〇万円

本件事故の態様、傷害の内容と程度、治療の経緯、後遺障害の内容と程度、就労への影響その他本件審理に顕れた一切の事情をしんしやくし、本件事故により原告が被つた精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇万円と認めるのが相当である。

(四)  弁護士費用 一〇万円

弁論の全趣旨により、原告らが原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬等弁護士費用として相当額を支払う約束をしたことがうかがわれるところ、本件審理の難易度、認容額、原告ら代理人の訴訟追行の経緯等諸般の事情により、原告守正が被つた本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害は一〇万円と認めるのが相当である。

(五)  損害の填補 一〇〇万円

原告守正が被告から一〇〇万円の支払いを受けたことは右当事者間に争いがないところ、同原告は右は昭和五七年一二月分及び昭和五八年一月分の休業補償として支払われた旨主張するが、弁論の全趣旨により右は同原告の損害の一部の填補として支払われたものと認めるのが相当であり、同原告の右主張は採用できず、前記認定の損害総額から右填補額を控除すると、同原告の残存損害額は一六七万一九三二円となる。

2  原告智江 四三万円

(一)  慰藉料

本件事故の態様、傷害の程度、通院期間(実日数五日)等治療の経緯その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告智江が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は四〇万円と認めるのが相当である。

(二)  弁護士費用 三万円

前記認定の弁護士費用支払約束の事実によれば、原告智江について、原告守正と同様の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある右費用相当損害として三万円を認めるのが相当である。

四  よつて、原告らの本訴各請求は、被告に対し、原告守正において一六七万一九三二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録により明らかである昭和五九年一〇月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告智江において四三万円及びこれに対する原告守正と同様の遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容するが、その余の各請求は理由がなく失当であるからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

別紙(一) 原告守正の逸失所得算定基礎資料

〈省略〉

別紙(二) 原告守正の逸失所得算定基礎資料

〈省略〉

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